行動原理。経済性欲

21歳の時のような若くて青い記すことはいつか

若さとは心のこと

感覚

言葉による表現って限界がある

 

限界の拡張は痛い

 

高校の時の軽音部の話を

 

私は軽音部に入らなかった

ただなんとなく姉の影響で続けたサッカーを

サッカー部でやっていた

 

いつの日か

誰が噂したのか、はたまた自慢でもしていたのか

ピアノが弾けるとバレていた

というか隠してたわけじゃないけど、ある軽音部の女の子の耳に入っていた

(今思えば、女の子の噂を流す口コミ力は半端じゃないんだな)

 

で、いつだったか夏頃だったかで

E組かどっかの女子に放課後に声をかけられて

ピアノが弾けるんだよね?と話しかけられて

中庭のような場所に連れて行かれたのか、はたまたメールアドレスを交換したのか

あまり時系列に覚えていないが

とにかく自分にとって初めての音楽グループの"バンド"というものに勧誘を受け

キーボードを弾くこととなったのを思い出す

 

キーボードを、その前にあだ名を、という話になったのも思い出す

誠一郎という名前なのでセイジがいい、今詩人となっている彼女にそう言われ

私は晴れてセイジというあだ名を貰った。

 

バンドメンバーは仲が良くて

ドラムを叩いている男の子は今でもドラマーとして第一線で活躍している

彼はいつもタムドラムの練習パッドを手にしていて、スティックも鉛筆より長く持っているようであった

彼のいるクラスに休み時間行くたびに、彼がタムをたんたかたんたか叩いているのを覚えている

不思議なやつだな〜、くらいに、あとは一緒にいて楽しい、だけであった

 

ギターを弾いていた女の子は今は何をやっているだろう

一時期精神的にも病んでいたのだけど、すごく大人びている、誰より大人の女性の雰囲気を纏った、でもJKブランドを纏う人で、自分の17歳の誕生日の時に似顔絵のレターをくれたのを覚えていて、自分は何も返せていないから、いつか改めてお返しをする

 

ベースを弾く、僕をメンバーに引き入れてくれた彼女

彼女もまた大人びている、精神的に特に、人であった

し、環境がそうさせていたのもあるのかもしれない。

一際小さい体躯でありながら、声はハキハキ、元気溌剌可愛く、

モテ、とはこういうものなのだろうか、と感じつつも

常に"良い女の子"という自分にとっての位置付けで、すごく尊敬していたし今もしている

時に自分がしょうもない自己嫌悪に陥った際に頼ったのは今覚えている

あの時の自分にとって一番大事だったものはなんだろう

 

彼女は今、詩人として活動を繰り広げており

その素敵な言葉に私もうっとり

自分勝手に大変だと勘繰ったりしてしまうけど、

今は周りの男性陣が良いとよくいう彼氏もいるそうなのできっと大丈夫。

 

ボーカルをやっていた彼女

彼女も不思議と魅力的な人だった

豪胆ダンスというイメージ

違うバンドで一緒にやっていた男の子と付き合っているのが印象的で

それ以外は分かりやすすぎて逆にどう言葉で形容すべきかが難しい。。

とにかく豪胆で、大胆で、泣く時はなく、感情の激しい素直な子だった

 

な訳で、やはりこのメンバーは最高だった

私にはこのメンバーのコラボレーションがいつも楽しくて

別に高校に軽音楽部に入ろうと思って入ったわけでもないのに

なんだかんだで居場所が出来て、今思うと救われた

 

もしあの場所がなかったとすると、きっと反社会的勢力に導かれてるんじゃないか

 

hateだけがあの時の僕で、kill or no more (death)とか口に出せるほどの厨二病満開で

延長戦には頭の悪いグレ方が待っていたのではなかろうか

 

 

そんなこんなで、多分高1の秋ぐらいから

私はスタジオというものに通う

最初に皆で練習・ライブ発表しようと言われたのはレベッカのフレンズで

レベッカもフレンズも知らない

とりあえず聞いて、ふーんと、まだ水が滴り切っていないスポンジ頭で考えて

キーボードの使い方もなんとなく触りながら覚えて、

とりあえずStringsを使えばそれっぽい音に近づけると気付き

そこから3年間Stringsには大変お世話になったと思う。

 

で、私はそれから

記憶の端くれから調べてようやく辿り着いた

Linkin ParkのWhat I've doneを弾いた

なぜ記憶に残っているのかといえば

あの日はいつぞやの平日の夕方で

軽音部内ライブの日で

視聴覚室を使って皆でライブをお披露目していて

自分の番でWhat I've doneを弾き始めた時のピアノを

聞いた後の講評?みたいなやつで誰かに最初のピアノの音でもう世界に入れた、と言って貰ったからで

その後皆で暗い高校の路地を自転車片手に歩いている時のことまで覚えているから

それはもう自分が認められた数少ない経験として印象深かったのだと思う。

それくらい自尊心が無かったのだと思う。今も無いので尚のこと。

他にもハロウィンソングとかも渋谷でやったりもしたし、吉祥寺でライブもやった

ムカつく店員にイラついたこともあったしその時は自分ではなくて

メンバーがバカにされたのであったので尚更ムカついた気がする

自分に振りかざされた不幸は、周りを傷つけないためにその場で笑って誤魔化すのが自分であるから

 

で、その後も軽音部の出来事は続く

たくさんの思い出が溢れている

高校二年生になって私はより一層勉強に熱が入った

音楽も楽しかった

苦しさは軽音部の皆と分かち合えることができた

 

好きな人もできた

 

今こうして29になる年で

今漫画を読んで

漫画の中のイキイキとした青色に

自分の記憶を照らし合わせてくる

 

あの時の自分だったらどうだったろうか

とか考えるけど

できる限りのことはやったと思うし

それでも一億人の一人でしかないし

いくら大それたことを思っても167cmだし

将来有望な愛される若者との喧嘩で勝つのに練習は二年もかかった

 

で、なるべくなら自分の行動原理を大切に

というか感情的に是とするべきものを大切にすべきなんだけど

 

どうも論理的に整合的に経済的に制裁的に

能力が前頭葉に溢れちまっているんだと思う

 

でもそれが無い僕はすごく弱いと思う

ただでさえ弱いのに

弱いを包み隠すこともできないと

それはもう誰かに助けてもらうか、

酷い死に方するしかない(イメージはホームレスだけど、実態はそんな無下に否定されるもんじゃないのもわかっているので、何か適切な例としては別のものがあった方が良いけど)

 

なんというか、夢のように

好きな音楽を弾けるようになりたいだとか

それを自分でも作れるようにだとか

そんなのって頭の意識じゃ無理なんだよ

ってことを言いたいのだ

 

感覚的に生きないと

正しくなれない

 

意識的に生きると

経済的に満たされるだけ

 

 

それは酷い

醜い

羞恥されるべきだと思う

 

でも、評価されることでもあると思う

 

バランス感覚が良いから、

私は自分を壊すのに楽しさを覚えているかもしれない。

 

大切なものはあった。それは思い出せない連続で

生物にとってたわいのないもので

勝手に"価値"という人間の概念を持ち込んでいるだけで

 

自然に生きようと思う

そのために泥に塗れすぎてきた

自由に生きたいと思う

 

最近夢に出てくる

あの家の洗面所のことを思い出せないことが無い

伺ったのはたった一度でも

いろいろな色を思い出せるのはなんでだろう

とてもどんなに悲しくても、それが大切だからなんだと思う。