miserable positive

ある男がいた

男には過保護な両親がいた

両親は自由に生き、その責任を対価として支払った

その流れの産物としてその男は生まれた

両親はその子をとても大切に可愛がったが

ある種の不完全からくる偏った愛情により

どこか過保護に育てられていった

泣けば何の意味かをわかってくれて

泣かないように全身全霊を尽くしていた

それが当たり前だった

いつまでもそれは続く

子供になるとゲームが欲しくて

買わないと決めたにも関わらず

ちょうだいとしつこく言われたのでクリスマスに買った

何か嫌なことがあると全てを受け入れた

悪さをすれば本人よりすぐに謝罪をした

自由だがそれ故に残酷な愛情を子は見事に受け止めていた

時にその愛情が困るものだったようで

否定されることを望んだ

賢さからくる社交性の欠如に対しての危機感だった

何かやらねばやらないことがあった

それで一生懸命に自律しようとした

男の子は過ごした学校で自主自立、自律と掲げられていたのを覚えていた

中学で悪さをすると三者面談が行われた

男の子は父親が生まれて初めて自分を人として見て喋ったのをみた

自由の裏には責任があると言う言葉が、あまりに浸透しやすくて違和感がなかった

それまで子守の空想の物語をしてくれる"だけ"と思っていた父親はちゃんとした人だったのだ

それから男の子は少しずつ改心していった

悪さは思春期になっても終わらなかった

家族以外との交流不足からくる、自己と他者との境界線、コミュニケーションの取り方、という類の不得手を総合的に見て、男の子はとにかく自信がなかった

自信がないと言うのはつまり、他人と比べてしまうと言うことである

ありのままの自分を受け入れてもらえないのではないか、経験不足からくるその恐怖と、強き生存本能からくる子孫繁栄の危機感、それによる自己の身体性への劣等感、それらが相まって尚頭も使うので、劣等感にどんどんと苛まれていく。

その割に少しは彼女との交流などを経て、人との接し方を学んでいくことも確かだった

深い交流というのは、共感の前提なくしては成り立たない

親友や悪友といった類のものとの接点を通じ

彼は少しずつ世間に触れていくようにした

そして少し世間との距離が縮まってきた時

また新たな出会いが偶々あった

彼は勉強や恋を努力していく

少しでも強くなろうとする前向きな心だけが母親から過保護にされなくとも学んだ知恵だった

男の子の負けたくない気持ちは母親譲りであった

得てして彼がようやく大学生にでもなろうと言う時

彼には自信が漲った

無論、無邪気な劣等感、虚言癖、誇大妄想、非人道的な要素を完全に解脱したとは言えなかったが、それでも立派な大人になっていた

少し身体性の優位も確立できてきたところで、いよいよ生存本能を満たすことにした

狩りは最初空回りしていく

トドメの一口を相手の喉に突き刺そうとした時

その勇気がなかった

そんな失敗も彼の死ぬ前まで良い記憶だった

結果、どんな事の顛末かは神のみぞ知ることであるものの、1人の男としての解脱というものは成った

女神のように見えてしまえるのは、その感謝の膨大さのようにも思える

 

そして女神もまた最適を模索する人であったから

離れていかなくてはならなかった

彼にはそのことが辛かった

 

その後彼にも雄としての魅力が芽生え、最初生存戦略はうまくいくかのように思えた

しかし同時に彼はまた、自分のそれまでの人生を振り返るため、また真実を認める強さ故、自分の歩むべき道を、より深いところに見つけることとなった

安易に、精神を犠牲にするのは難しかった

なぜなら彼は自由の親の子であった

自由こそが信条であり、その信念を履き違えることなく、正しい自由というものに縋ったのだった

彼は努力する

汗水垂らして餌の中でも正しいと信じる方へ

女神だった人は、1人の人となり、また未来を探し集めていたが

模索する中で彼らは上手く合致し得なかった

論理的な正しさと

身体的な正しさを

少なくとも彼は彼なりの意思によって思った

身体性を優先することで、彼女の正しい方へと導ける事はできるのだが、その時自分はどうなるのだろうかと

その時自分は自分を守れない、尸になるしかないと思っていたのだった

その判断に対する醜悪さや、美談に対し自己に収斂する己の畏まった態度が、長年彼の精神を蝕んでいく。それはまた別の話

彼はそれからも努力をした。時に間違った努力で体を壊したりもするけど、しかし誰も助けてはくれない。今はもう両親は助けを呼んでも助けられない。

自分を守れるのは自分のみなのだとその時初めて男は救いを学んだ。

自分を守るため、自分を使い世間に迎合していく。それが悪いことかどうかさえ今はもうどうでもよかった。ただ信念の向かう方にさえ向かっているのだとすれば、彼の行いを報い得るのは、やはり女神でもなければ両親でもなかった。誰よりも愛した人に守れなくてごめんと思った。しかしそれでも自分を捨てることは出来ない。

彼が好きになることを重々しく考えるのはこのことから。好きになるというのは命を渡すことに他ならなかった。

渡した数だけの自分は潰えていくから、それに応じて自分の分け与えられる自分というものが減っていく。それにしても渡した相手というのは愛した印なのだから、彼には前を向く以外の方法は見つけられない。