母のこと

この人を支えていたい、愛とか思慕に塗れた感情だ。子供に、お前に求めてなどいないと言われるのが恐ろしくて、自分には誰かを愛すのが恐ろしい。とにかく人と関わり合いを持たずに生きてきてしまっている。わかってる。

 

人生の第二段階が終わりを迎えている。終わりはなくいつも本当は実に流動的で。私は勘違いした構造を脳に文字起こしして張り紙にして、画鋲を使って貼っている。そして今を都合良く生きるのだ。

 

戦えよ。そういう感情が唯一この都会暮らしの自分を奮わせてくる彼女から受け継いだものだろう。

私は彼女に愛でられては愛でてもらってばかり、何も彼女について理解をせずに約27年間も側にいる。母として眠るその顔を、私は安堵の表情と、落胆の表情で見る。

なにもしてあげられていない自分の、それが無論なにもしてやりたくないわけではないことはわかっているのに。

わかっていても刷り込まれた、彼女に愛されるべき自分というプリセットがいつまでも消えない。

私は感謝を受験の頃にしか述べてない。

当たり前の基準に疑問も持っていない。

私は母のことを何も知らない。

大切な、お話

心温まって温もりが欲しくなって

寂しさを観察されてしまって

愛を欲する割には愛を撒いたことのない種を

歳をとるのは良いか

誰にも決めつけて欲しくはない

ただ自分だけが決める

最も愛を提供されるであろう親が他人の責務をもって接することがはたまた昔は多かったに違いないだろう武がラジオでもそんな話を。あんたは3,000円あれば生まれなかったのに、なんて台詞も昔は自由に方便垂れていたそうだから可哀想だとは思えないんだし、普通がそこにあって違和感もないまま不倫もされていて、仕方なく生きるんが当たり前に感じて、機構的な脱構築疑念懐疑疑問が彼らの器には無かったに違いないと思っていたりして

愚かな自分にとって愛とは誰かに愛されること

愛とは要して関心のことを指し示す

君に関心を持っているよ

関心の眼差しはこの世の全てを写していく

嘘がバレて、愛憎に満ちて

耐えず苦しみ

経験の深さの話をしているよ

僕は未経験だ何事にも愚かで鈍足で誰からも分かり合えることのないなまけもの

穏やかに穏やかにそして心穏やかに冷静でいて和やかに静かに

僕の勘違いは愛を知っていると知ってしまったことだった

要するに馬鹿。

知り得ないことを知ったことが大きな勘違いになってしまっている

大事なことが消えない

大切なものが見えない見れない見られない誰にも見得ない

今からでもやり直せそう?

大丈夫俺は俺だから

せーちゃんはいつまで経ってもせーちゃんなのだから

 

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http://sejies.blog.fc2.com/blog-entry-38.html

強くなろうとする理由

格闘技を初めて1年が経ち、怪我を経て技術は少しずつ習得されつつ、若さと教育者の不在にこの世の不平等さをまざまざと感じつつ

一時は自他ともに巨大化したととれるサイズに変身したりしつつ

 

騒音から逃げるべく、実家に帰ってきているのだが

いつも思うのだが実家で暮らすと痩せる

 

外にいると嫌が応にも食べることを積極的に行っているし

なにしろ1人(緊張)する

 

実家は故郷で、心が癒やされていく

何も与えられず過酷な環境ではなく

努力も頑張りも強くなる必要すらない

 

 

人は孤独に耐え

孤独(自己と向き合うこと)に真摯に向き合うだけだ

とも思う。

 

余裕のない時は、余裕のありそうな人に力を頼る。

相手がいなくても、死なねえ。ちょっと心が失くしてしまうだけ。

かんどー

小言

 

久しぶりに感動した

 

https://youtu.be/A10g9qAC2vQ

 

別に数学やら物理に根本的な興味があるわけじゃなく

人間模様を楽しむための手段として学ぶ必要があるから学んでいる

というモチベ

 

視聴したら何が凄いかわかる

 

自分は公式を暗記して人一倍早く問題を解くのが得意で

公式の証明は苦手としていた

前述の通り、数学にも物理にも興味がなかったので

公式の意味を理解するモチベがなかった

せいぜいそれは、受験でワンランク上の大学に合格するための手段で

それにしては人生には他に魅力があったので

 

 

なのでその点に関しては自分の意思決定に前向き

ただこの映像を伴走して見ていると

時々自分が早とちりして間違えることがあるのだ

約分も分数の掛け算も覚えたての子が、自分より少し時間をかけて導いた正解は、意味の理解がベースにあって、凄く純粋に感じられる

 

自分の方はその意味の純粋が当てはまらなくて、それはなんだか人の話を聞く姿勢とか、日々の仕事上での思考プロセス、会話力にも如実に出ていると。

 

極論に思われるかもしれないが

僕は今まで東大生と話していて、彼らが話しながら会話内容を作るのを目にしたことがない気がする(無論猫の集会はあっても)

つまり、話す前に頭の中で純粋に整理されたものを吐き出すのが口で、この人は今さっき考えたことをそのまま言葉にする思考回路を使っているんだとよく思わされている。

驚くことにこれまで、何十人かわからないが東大の友人とかと話してて、ほんとこれに外れる例を見てこなかった気がする。

対して僕の早稲田とか京大になると

自由な発想の京大

そもそも地頭が足りない早稲田

といった縮図がありありと浮かび上がらされていたのを、思い出した。

 

無論、学問領域の貴賤を人生の縮図と拡大解釈するのは怪しいと思う。

 

 

話を戻すけど、こうやって、遅くても理解して、着実に実を結ぶ人の方が、実直で素直な人で

僕は斜に構えた人だなと。

気付かされたのでメモしてみた

5年

このブログの開設日が2015/11/11らしい

10/26に良い転機が来て

人生の振り向きざまストライクショット

生きる意味とか自分の中で内製していた代謝回路が

3月に壊れてから半年以上

誰からも報われず誰かに認められたくて

なんとなく文字を綴るのが能のない私には最適

 

才能があれば、とか言うけど

それはつまり良い遺伝子を持ち環境に恵まれ

若いうちから弛まぬ努力を繰り返し続ける

と言うことだと思うのだ

 

それを否定する術を持てば宗教がましいので

遺伝子に優劣はないだの(実際近似値ではある)

環境のせいにはしていけないだの

 

どうも面白くない根性論が人生訓みたく身の回りに

 

5年前の自分は確かに良い感性をしていた

若いから何も社会的に理解をえなかった

 

気づけばもう5年経つのかーと

感覚がないから振り返り

誰かの言葉を使うなら

今に新体験がないから過去を振り返って自己形成に励んでいるらしい。

憐れ

矛盾が真理

 

友情について考える

誰かと、対等に話せている

それは、相手と創り出す時空間

瞬間孤独が融解して安寧な調和する

それはどこかの公園のちょっと悪びれた子供

小柄な図体に反比例して成熟している若者たち

確かにその瞬間だけは

プルーストにも負けないって思うくらいの

悠久の時を過ごしていたんだと思う

最も静かな時を過ごして居たんだと思う

 

あの安寧が、慈しみが、友情なんだと

言葉による過去への判断だけが邪魔

 

僕らはあの時確かに一個体であった

 

彼らの悲しみを、苦しみを、同じ鍋をつついたりして

小麦粉をこねくり回したりして

不調和な愛情を頬張って過ごした

 

あの時、居ないはずの弟を失った

 

僕には到底結局のところ、友情の理解が出来ないんだと思う

 

いつまで、いくら、努力をしたとして

一個体になり得ないんだと

同時に激しく矛盾を抱えるんだ

 

 

あの子のことを労ってあげたい

心を想うような人になりたい

そのために全てを捧げたい

その余裕が

その時は

あったからできた

あったからできたとしてもそれは真実で

ゆらぎ様のない現実だ

 

果たして遊離してしまい

友情は孤独へと堕ちて行くんだろう

 

それもまた、友情の過程なのかもしれないと思う

 

いくら斜に構えても

その時を思い出すこと

それは嘘偽りのない感覚だ

 

それを呼び戻すのが、忘れないのが

例え脚色がなされていようと忘れず

それが友情なんだと

教えられるようでいたい。誰に

 

僕らは大人に守られて生きているんだ

大人には友情があって忘れ失った物があって戦って

自他ともに守って

私利私欲の9割に負けじと頑張って。何割かは知らないよ

けど

 

誰かのためにと身を削って、無論私利私欲も満たして

それで僕らがArsなんだとするなら

僕らはやはり人の子だ

 

大人が嫌だろうと、子供にはなれない

子供で居続けた大人なんて見たら大変

 

彼らは守るべき義務を果たしている

 

あの夜空共に見上げた時の友情を

瞳の黒に近い青空に

やはり独りでいることの寂しさを

忘れないでいたいと思う。

 

もう寂しくはないから。