赤の他人と幸せ

心の溝の埋め合い

人間関係によく似ている

 

人によって溝は全然違って

この世に生まれ落ちた理由

親に愛されない理由

社会に認められない理由

貧乏な理由

親を殺される理由

理不尽な社会の理由

怒りだ

 

悲しみであり

怒り

 

足を止めるか

前を向いて転んで歩くほかない

 

先人たちもきっと何十万年前にはそうやって呆れるほどの絶望に打ちひしがれてはそれでも前を向くしかないと思っていたのだろう

その遺伝子のプログラムが私たちを支えている

 

悲しいこと

それは状態であり

現在から過去である

 

怒りも同じ

 

捉えた後に

それをどうするか

悲しいから〇〇する

悔しいから〇〇する

どっちでも良いのか

自分が怒りたいから悲しさを感受出来なかった

 

相手への受容

これは尊いものである

 

自分も誰かを受容したい

したことがない

というよりも

し続ける確信を得た試しがない

から今なわけだ

 

されたことしか

 

昔反省したのは

全てを知ってそれでも受容するというのは

容易ではないということだった

 

タイミングとか

聞かなくても良いこととか

多分まあ色々あるんだが

そんなのは若かりし自分には分かり得なかったな

 

そういうのもひっくるめて受容しているんなら

それはベストな選択に違いない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分は今誰かに何かを受容して欲しいんだろうか

正直

わからない

 

自分の不足は

常に自分で闘って補うしかない

って

 

25の時に諦めざるを得なくなってから

それはまあ要するにでも

自分が自分の不足を補うのを応援してくれる人を

自分は受容しないから

に過ぎない

 

どうすれば他者を受容できるようになるのか

言い回しが良くないだろうけど

自分を諦める、だと思っている

以前もそんなふうに書いたよ

 

自分は

自分を諦めきれない

だから自分の問題は常に自分にしかない

誰かに関与してほしくない

相手の苦しみを取っ払ってやりたい

そう思ったのは一回きりだ

今思えば、今の私が父や母に降りかかる災難や困難から絶対に私が守ると心の底から信念を抱いているのに似ていた初めてのことだった

 

自分はいつも

異性からはそういう受容だけを求められていた

でも自分はというと自分のことで精一杯というか

端的に言って自分の人生において他人の受容に時間を割く時間があれば自己研鑽に使ってしまおうという風な性格だと思う

 

そういう意味ではあれは奇跡に近くて

相当振り絞れてたんじゃないか

 

で、今もずっと思って、言っているのは

そうじゃないと誰かと一緒に死ぬまでいる契約を結ぶ必要はないってこと

 

そのタイミングが一生訪れないならそういう人間だったんだなと高を括るし

別にダメならダメでお疲れっしたと思う

だって頑張ってるもの

 

皆自分なりに努力して生きてるんだから

それで報われないのなら客観的に、生き物としてこの世にあんまり必要とされてないって話

 

 

かたや自分がいつか誰かのために人生を捧げて

その人が自分といることで心の底から幸せになってくれて

そういう存在に自分を選んでくれて嬉しいと自分も思えて

お互いに健康で長生きすることが目に見えていて

そういう関係が望ましいなあとどこかに思う部分もありはして。

 

それにしては個人事業主っていう働き方も

会社員みたいな最強の護符的な生き方とは対極の

でもだからこその傭兵的な生き方ゆえの格好良さみたいな

要するにまあ相容れないよねっていう感じの

バーサーカーにしか見えないものもあるんですよ

 

 

人は相手の顔を見て

免疫力の高さを調べているらしい

それが実は相手を好きになれるかの無意識レベルのセンサーに関与しているって

 

分かり良い

 

自分はどうだろう

数日前に卑屈になり最後はそのことに気付けたけど

自分の器の範囲内で無理なく

可能な限り

延長線上に

戦いと安寧のバランスを保ちたい

そんな相手が未だ居るってことを願う、まではいかなくとも希望として捨てないでいるべきだと思う