一人っ子、ないし末っ子
として育って
27辺りから徐々に、30も過ぎると
関わる人も若い子達が増え
母性というか
弟や妹がいるってこんな感じかと
かわいいなあ、と思う気持ちを
与えられるだけで理解できなかったものを
今度は自分が与えられるようになって
というか勝手に感じられるようになった
それはすごく良いことだった
何しろそれまでの自分は
自分を誰かに与えてはいけない
自分のものは自分のものである
だったし
自分を誰かに授けたところで
別に自分が亡くなりはしないというか
むしろ誰かに自分が棲みつくじゃないけど
そうやって自分の綿毛なのか花粉なのかを
他の土や花に分け与えることは
別に生存本能として、遺伝子的にどうかはわからないけれど
やっていて、自分の生きた証を残す良い心地にもなるし
そもそも可愛いと思えること自体に尊さがある
結局は彼等が自分で自分の道を、私もそうだったけど勝手に決めていくので
それも含めて、干渉したいわけではないのだけれど
本当に必要なら勝手に関わってくれるし
ただまあいつか思い出してくれるかもな、
っていうふうに思う、自分なりの人生経験の中の言葉たちを紡ぎ空間に響かせるのは
悪い気持ちにはならない
もしもこれが成熟した大人ではなくて
未成熟の子供なのだとしたら違ったのかもわからないけど
とかく自分は
一応面構えは長男ではあるものの
しっかりと一人っ子ないし末っ子として
そういう気質で育ってきたものだった
長子同士、末っ子同士、中間子同士など、
家族における順番と、パートナーとの相性は
昔のテレビの情報だから当てにならないけど
同士の方が良い=離婚率が低い
みたいな話を聞いた気がする
最初は意外に思った
当時は確か20歳ちょっとかな
末っ子は長子の方が合うだろ
とか思うけど
やっぱりそれは兄弟関係であって
本心として望んでいること
例えば末っ子は甘えたり自分の好きにするのは当たり前だけど
長子は面倒を見たりするのは出来るかもしれないが、本当は甘えたがりなど
そういう部分への配慮?というか
確かにそれはなってないという個人的な経験談もありつつ
それって凄く自分も大切な人に対してしたくないことだったりもするので
どうしたら一体全体
このわからない他者と
介したら良いのかが
相も変わらず分からない
例えば酌を交わしている人との話で
7年付き合って結婚したという経緯を聞くと
この人がいないことを想像できなかったので
などと言っており
それは凄く、相手以前に貴方が人として立派なのでは、なのですよ、と言いたくもなる
ちなみにこれが、年下の子だから、
余計に斜に構えることなく、母性?でもってして温かく聞けるのだから私ももっと早くからそういう性格を有していたかったな、などと思うのだけれど
他にも、高校からの付き合いで嫁になり、
彼女はパーフェクトなんですよ、自分のダメなところを全部補ってくれる
なんて話も聞くと
素敵だけど、やっぱりそれは貴方自身がパーフェクトなんですよ、素晴らしい人徳だからそうなのです、と素直に思う
引け目も憧れも何もなく、素晴らしいと思える
自分はそういう
人格的な正常性というか
他者に対しての過敏性というか
勘違いや思い込み?
うまくいかない?信じ過ぎるところなどもあり
信じ合う、難しさを噛み締めている
しかも難しいのが
いくらじゃあ、性格上、ファーストインプレッション上、凄く気が合うかも、と思ったとして
場合に
これは言い訳に過ぎないけど
それ以外の部分を許せますか?愛せますか?つまり寛容で、良いと思いますか?
という壁にぶつかる
合理性の壁
これのせいでも何回も苦労している
でもこれは元来自分に備わっている
本能的な判断フィルターなのだろう
それが、脳的で、非動物的ゆえに
うまくいかない
直感に従い、それを正しくするのに長けていない
今のところ
誰かを愛したい、それは等身大の相手を受け入れた上で、尊敬もしたいし
一緒にいて笑いたいし、楽しみたいし
尊重したいし
尊重ももちろんされたいし
でも歯切れよくやり取りもしたい
子供は強くしたい
出来るだけこの世界を強い足腰で生きていける子にしたい
それはエゴかもしれない
でも、弱いと本当に辛いから
それだけはどうしても避けたい
最初から強ければ
別に頑張る必要ないからね
他人と介したい
信じた上でコミュニケーションをうまく円滑に行える
人付き合いに長けている
人徳に恵まれる、ってほどではなくてもいいので
良いね、と言ってくれたい
どうしても理想と現実の狭間にハサミでギザギザと切り裂かれるのは辛いから
できれば瀬戸内海を見ながらでも
丸まった背中で
お茶でも啜って順番に死んで行きたい
後悔はちゃーーんとしてますよ
尊敬したいです。異性を