「俺は別に強くなりたいとかチャンピオンになりたいとかそういうんじゃないから!」
「ユウジ、チャンピオンになる!?」
先生が茶化すように捲し立てる
「俺は違うから!」
ユウジさんは否定してその場を盛り上げようとしてくれる
「飲みたいだけだから!」
声のボリュームが上がり、酒に溺れたジムの皆は楽しそうだ。
最近あまりお酒が飲めないから、ソフトドリンクをガボガボと飲んでいる私には、いつもの光景のはずなのに、波長が合わない気がした。
楽しい、楽しくない、騒がしい、面白い、うるさい、楽しみたい、交錯する各々の目的が、お酒を通じて達成されているのを見て、私はまた輪に入れていないなーと感じる。
「林さんは試合しないんすか?」
「いやあ…仕事がね…」
「いやあ…モチベがね…」
こうやって何度も躱しているけど
元々の格闘技のきっかけ、ゴールって去年勝ってからもう終わったのよ
そう言うには
あまりにもその場の会話のテンポが早すぎて、私の真意は伝わりづらいのだと思った。
別に飲み会の場でなくてもそうだった。
林さん次の試合決まってるんですか?
そう聞かれるたびに、なんでそう思われるんだろう、っていう思いと同時に、なんて答えたら良いんだろう、と逡巡してしまう。
結果諦めて出たのが「仕事」や「モチベ」という理屈だった。
特にモチベは魔法の言葉(抽象度が高く各々の解釈に委ねやすく、その割に感覚派の間では認識がズレにくい。ただし論理派には通用しない)なので、まあ真意も内包されていて便利。
そうつまり、私は私のことの芯を捉えきれていないのである。
私は何者か、がさっぱりだ。
友達といると、楽しい。しかし、嫉妬心や向上心といった、昔自分を突き動かした他者による動機づけが、限りあるとは思っていなかった。
30にもなれば、というと言い訳がましく聞こえるが、やはりひとつの目処として、30で音楽で一発当てて印税でタワマンに女遊びに豪遊に毎年億の収入があります、みたいな人間にはなれていないので、当然諦めもついただろうか。
はたしてあの憧れと苛立ちの感情は、何かの役に立てたのだろうか。
成功する他人を見るのは悪い癖なの?
芯を捉えられないのは、自信がないから?
単に皆と違って自分を客観視することが苦手?
他人との関係を強く拒んだせいで、結果主体だけが強いアスペみたいな性格なんだろうか。
落ち込んでも仕方ないし、自分を卑下してもしょうがないのもわかる。
別にこの年まで生きてしまえたのなら自殺願望だって嘘みたいに聞こえる。
本心がどこにあるの。田舎に行けば見つかるの
そういう人間だから一生そうなの
なぜそういう人生なの
なぜ何も無いの
今あると信じているものたちが本当にあるのないの
どうでもいい
壊れてしまえ
狂ってしまえ
終わりへ向かうんだ
戦うのか
諦めるんだ
どうするの
わからない