鬱の行方、行く末

鬱な気持ちはなんで起きるのか

今までわかっていたようであまりわかっていなかったようだ

鬱は、見知らぬ他人に靴を踏まれて嫌な気持ちになったり、そういうのとはかけ離れており

鬱になるのは、誰か見知らぬ他人が、自分の靴をわざと踏もうとしているんじゃないかという不安で患うもの

きっとストレスの源泉は常に他人に変わりないから

通常の人間、と言ってイメージされるような人間が、ストレスとうまく向き合えるのもわかる

ただしストレスとうまく向き合うっていうのはとても難しいことだとも思う

一見明るそうな彼が気付けば自殺するのかもしれないし視野がどん底まで狭くなって追い詰められてでも蘇る人だっているんじゃあないかなあとも思う

つくづく思うのは、人の苛立ちだとかっていうものは、向き合えるものじゃあないんだなってこと

全部の気付けるイライラに全部向き合おうとしたらこうなる

全部擲つ気も無くなって

誰の助けもストレスに変わって

人のこと、ほんとに信用できなくなっていく

外を歩けば視力に反比例して周りの悪意を勝手に醸成してしまうし

さらに言えば自分が思わないにせよ、誰かが自分を殺してやろうと思っているんじゃあないかとかそんな気持ちが

どこにいても感じられるのである

家に閉じこもればギリ生き延びるが、それだと人として生きていくことが難しいし

残された道は誰彼構わず倫理の再構築を行うことなんだと思うけど

無理なものは無理なので自覚しただけラッキーだと思って

なにも考えないようにする

次の3ヶ月目標

3月からの3ヶ月目標は会社奉公の徹底だった

これからは自分のためにしようと思う

最低限の出来ることで会社には居続けられれば十分

それ以上奉公する必要、意味、大義、価値、微塵もありません

もう無理するのは終わりにして自由にすることに時間を費やす

次の3ヶ月目標は会社に依存しない独力での生活

あとはプライベートの無駄な時間の削減

できることをやれよ

今日、思ったことがある

どこまで行っても人は人で

俺の価値観なんてどうでもよくって

訴えたところで刺さってなんになるの

なにがやりたいの

楽しいことがやりたい?

楽しいことには、飽きたのかもしれない

何かに打ち込む自分を信用しない

 

今日、現職を紹介してくれた第一人者である

ちょっと変わった経歴の叔父さんとお昼した

 

その人は、海外経験が豊富だから

素直に日本人としての違和感を吐露してみた

 

もうなんか、僕の世代って

フリーランスとかっつって

就職とかもろくにせずにですよ

やりたいことやる人がいるんです

 

なんか僕もそうなりたいなあって

そう思うわけです

 

藤城さんはどう思いますか?

尋ねてみたところ

でも、できることはありますからね

の一言

 

できること?

 

できることとは、どんな理想を嘆いたとて

今の自分に出来ることを超えることは出来ないんだと言う事

自分はなにがやりたいの?

経営がしたいの?アプリを磨いていたいの?

そうじゃないよね

やりたいこと、

やるべきことだよね

やらなきゃならんことだから

やるようになるし

できるようになって

好きになるんだよね

 

なんのために期待されてるんだろうかって

今一度自分に問う

本気になれてないのは何でだ?

言い訳を探しているんじゃあないか?

そんな風に思うんで

前のめりにならなきゃ

挫けてる暇

ないはずだよね

 

でも

泣きたい時は

泣かせてくださいな

邪魔

適切な落ち込み方
何もかもどうでもよくなって
もはや死んでしまいたいなあと
思う日が続くと

 

今日は嫌なことがあった
とか
最近なんかつらいな
では
片付けられないような
自己不全感が脳裏を過ぎる

 

かたや世の中には
この生き方
最高だわ
しこしこー
幸せそうに今日もぶちまける人もおり

どうしてこうなったのだろうと
思うことが常々ある
常々というか、毎秒ある

 

どうしてこの人は
とか
どうしてこんな態度で
とか

思うのは
"弱いから"なんでしょうか

勢いよくオラァオラァって
喚き散らす方が価値があるんですかね

 

今生きる上でこうして考えることは
自分の努力とか運とか
認められることとかによって
偶然に生まれた今日なわけで

決して今を幸せに
なんて軽いことは言えぬ

むしろ
お疲れ様でした
と言いたい

全ての生きとし生けるものに

おつかれさま

 

どうしてこんなつらいのか
軽口を叩けば孤独だ

まどろっこしい言い方をすれば面倒なやつだ

生きづらそうだね笑
とか言われるのにも慣れて
適当に相槌打てばよくて

 

資本主義から逃げらんねえなあ笑
とか言いながら喫茶店で茶を啜って

仲の良いのか悪いのかもわからないような
ちょっと訳ありな関係も芳せながら

ふふふ
とか言って意味のわからないことに笑いを生み出す自分はどこへ行った

 

 

 つまり

誰にも干渉されたくない

誰かに助けてもらいたい

その誰かは決して貴方ではない

 

そういう気持ちで街を歩く

純粋な欲望にプライドは無意味だ

本来ならば苦しむから生まれる

そういうもんじゃなく

ただただ美しいと思うから

自分を捨ててでも何かを生み出したいと思うから

人は何かを描き続けるんだ

文字に頼る人は、何かこう、美しさよりも、自分との対話に落ち着いている

自己顕示欲と自己不全感のアンビバレンス