iunared

hokorobi

宗教の世界には自他の対立はなく、安息が得られる。しかしまた自他対立のない世界は向上もなく理想もない。人はなぜ向上しなければならないか、と開き直って問われると、いまの私には「向上することもできなければ他にすることも思い当たることがややもすれば難しいから」とか答えるかもしれないが、向上なく理想もない世界には住めなさそうだ。

だから私は純理性の世界だけでも、また宗教的世界だけでもやっていけず、両方を兼ね備えた世界で生存し続けるのであろう。

そういう人を少なからず知っている。在家と言うんだろう

鬱の行方、行く末

鬱な気持ちはなんで起きるのか

今までわかっていたようであまりわかっていなかったようだ

鬱は、見知らぬ他人に靴を踏まれて嫌な気持ちになったり、そういうのとはかけ離れており

鬱になるのは、誰か見知らぬ他人が、自分の靴をわざと踏もうとしているんじゃないかという不安で患うもの

きっとストレスの源泉は常に他人に変わりないから

通常の人間、と言ってイメージされるような人間が、ストレスとうまく向き合えるのもわかる

ただしストレスとうまく向き合うっていうのはとても難しいことだとも思う

一見明るそうな彼が気付けば自殺するのかもしれないし視野がどん底まで狭くなって追い詰められてでも蘇る人だっているんじゃあないかなあとも思う

つくづく思うのは、人の苛立ちだとかっていうものは、向き合えるものじゃあないんだなってこと

全部の気付けるイライラに全部向き合おうとしたらこうなる

全部擲つ気も無くなって

誰の助けもストレスに変わって

人のこと、ほんとに信用できなくなっていく

外を歩けば視力に反比例して周りの悪意を勝手に醸成してしまうし

さらに言えば自分が思わないにせよ、誰かが自分を殺してやろうと思っているんじゃあないかとかそんな気持ちが

どこにいても感じられるのである

家に閉じこもればギリ生き延びるが、それだと人として生きていくことが難しいし

残された道は誰彼構わず倫理の再構築を行うことなんだと思うけど

無理なものは無理なので自覚しただけラッキーだと思って

なにも考えないようにする

本なんか読まなくたって自分のことは自分が1番分かってる

身体で理解する方が苦しみも楽しみもありのまま

本を経由するなんて馬鹿な真似するヤツは感覚が鈍ったのと同じじゃあないんだろうか

なにはともあれやるべきを捨てやりたいを追い

ある程度の目標を持たなくちゃ

いつまでもこうしてたらたらとしている訳にもいかないし

頭の使い過ぎにだけ苦心している

河童の引用

最も賢い生活は一時代の習慣を軽蔑しながら、しかもその又習慣を少しも破らないやうに暮らすことである。

次の3ヶ月目標

3月からの3ヶ月目標は会社奉公の徹底だった

これからは自分のためにしようと思う

最低限の出来ることで会社には居続けられれば十分

それ以上奉公する必要、意味、大義、価値、微塵もありません

もう無理するのは終わりにして自由にすることに時間を費やす

次の3ヶ月目標は会社に依存しない独力での生活

あとはプライベートの無駄な時間の削減

河童

とある青年がいた

青年はこのご時世にも関わらず

特段の問題も抱えてい無いような素振りで

なおかつ、何をやらせても出来るような態度で

上場企業に勤めていた。

仕事態度はやややりすぎなほど理路整然としたもので、正論を貫くのに必死のようだった。彼には悩みがあった。今自分のやっていることに意義を感じられなかったのだ。

そして、今までにやってきたことの、多かれ少なかれに意味を感じなくもなっていた。

人は楽しかったり嬉しかったり悲しかったり、その時々の記憶の改編が行われているように思う。時に楽しい時は人生全てが面白かったかのように思え、時に辛い時は人生全てうまくいかなかったように思われた。

そしてきっと、人生全てうまくいか無いところまで自分を責め立てるような人間の場合は、殊に理想が高く、自分に対して厳格である。

自身への厳格さと、欲望とのアンビバレンスが彼を苦しめていた。

欲望に従うことの楽しさと、何を求めていたのかすっかり忘れてしまったほどの整然とした生き方が、彼の中では曖昧に混在していた。

彼はまた、自身への厳格さゆえに実直であった。

実直さは時に自由を失う。

自由を失った人は、行動を損なう。

一つの行動で、失ったこと理解したこと、全てを演繹的に理解しようとしてしまうことが、彼の一番の問題だった。

きっと人生の大半は積み重ね上げられることにより直感的に感知されてしまえば良いものであったものの、ただバカなまでに実直であったために、そしてその実直さは自分を素直に認め無いことから起きた故に、生きづらさを孕ませていた。

こうして自身の人生の行動履歴から一般論を作り上げようとすることで、彼の人生は灰色に染まっていた。

どのような音楽を耳に当てても、絵を見ても、きっともう届かないのである。

論理の先に幸せは生まれない。