iunared

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人の幸せとは概ね自分から関わりに行った人の数に比例する

自分が他人と比べると不幸なのはなんでかは知らないし分かろうとして何年ももがいてきた中で、人が幸福を感じるのは概ね自分が他の人にどれくらいの量と質関わりに行ったかで決まるんだろうなという考えに至った。比較そのものが幸不幸を裏付けるものだということもわかるが。

関わり合いが存在しなければ無で居続けることが出来るし。それを誰彼が邪魔しに行く筋合いも無いけど

人として幸福でありたかったと願うなら精々人と関わり合うしか方策は見つからない

それでこの先?

どうしたいの?

正直に言っちゃえよ。旅したいって。

誰がなんと言おうとやりたいんだからやればいいじゃん。

金の心配命の心配、友情や経歴、溢れ出す懸念を捨てようよ。どうでもいいんだって。

命に価値なんて無いのだから。恐れることは何も無いよ。

いのち

ある人の話

人は皆親がいる

親は選べない

ここまでは共通している

では、

どんな親かは共通じゃない

優しい親厳しい親愛のある親愛のない親

仕事好きの親自由な親真面目な親

親による影響は大きい

抜け出せば抜け出すほど自分も親と変わりないことに気づく。気づかない人も実はそう。

仕事と命どっちが大事なのという言葉を

妻から夫ではなくて、親から子でなくて、

子から親へ発するのは

命を大切にするって簡単ではないと

知った

思い出

初めてやりたいことをやっていいんだと思ったのが19歳

やりたいことをやるためには、自分を好きになる必要、それには人に愛される経験が、というよりも理解が。で、人に許してもらえることでようやく好きに生きる

人に許されることで人として認めてもらう

自分から求めることも決して悪いことでは

人の指先を信用したのは初めて

人の心を好きになるのも

好きに嫌いが包含されていると知ったのも

嫌いは無視よりマシだということも

でも

旅人になる

なんか色々あったけど、物心つく頃には旅人だった

ルールとか常識にとらわれない、という

好き放題な人間に許される制約が旅

本当にやりたかったのはそういう無類の

ともすれば社会の陽の目を浴びにくいとか

アメリカの南部や南アメリカボリビア、ブラジル、チリ、キューバ、ペルー、アルゼンチンあたりは行きたい

中東はイスラエル、インドに行きたい、

ヨーロッパはギリシャ、スペイン、イタリア南部、ドイツの地方、イギリス、ポーランドにベルギー、オーストリアはウィーン、北欧はまた行きたい

楽しみ方を変えると生き方が変わる

生き方が変わらない限り楽しみ方が変わらないから

なんとなくその辺をちょこまか修正してきたけど

大事な繋がりがあるから他には何もなくてもいい

そう思えるくらいには立派な大人になれた気がするので。

そろそろ旅に出ようかと

 

海沿いにある、20世紀末によく建ったホテルに何人かで、宴会を広げていた。

ある女の子が一人の男に執拗に追いかけられていた。彼女を庇うべく、手練手管を駆使してクレーンゲーム機の中に男を入れ込んだ。

それでもまだ追いかけようとするので、彼女が親から授かったというベンツを運転して、伊豆辺りから四面道とぶつかる環状8号線を走り続けていた。

すると後方を走っていた水素ガスを抱えるトラックが、バイクとぶつかりかけていた。瞬間移動ができるヘビースモーカーの男の人がそれを見て、時間を止めて僕らの車を爆発の瞬間巻き込まれない位置に避けてくれた。

彼は時間が間に合わないのかその能力を嫌っていたのか、爆散地そばの建物のバルコニーに立って爆発の瞬間を迎えた。

彼はこっちを向きながらタバコを吸い、じゃあね、と言った。下半身が無くなっていた。

その何年も後も、彼女は彼のために、よく吸っていたマルボロを、仏壇前に置いた。よく泣いていた。

ああ、俺が死んだ時はそんな真似はしてくれないんだろうな、と思って、少しだけ悲しかった

人の話を聞かない

聞いてくる割には参考にしないとか、だったら最初から聞くな、と思う。

お前の意見を、無下に棄却して、他の人の意見に大賛同しても、君は凹まないんだろう?つまりそういうことだ。

年下に痛いところ突かれたからってしょうもないこと言ってきたりする人もいる。良くあって欲しいから言葉を選んで言ってるだけなのに、自分のことは自分でなんとかしようとしてるから、いつまでも解決でいないんだよ。あなた方は。だから、成長しないんだよ。そんな人と、仕事したくないなあ。。現実は甘くないのかもね。

気にしなくてもいいんだろうけど

うざいね。

もっと表層的な、論理的な部分だけで解決できる人が羨ましいよ。1ミリも憧れないけど。