誰も読まない

大学に向かう途中の林道の中で、銀杏が落ちて頭に当たる。

ああこれはきっと、今の自分に何かを訴えようとするんだ、と想う。

特別なことなど何も人の手で作らざるを得ない訳では無く、もっと壮観に自由さを手に入れたら分かる。誰かのための愛は紛れもない誰かのため。

はたまた食事の最中の自然発生的な幾何学模様を感動に値するものと見做すのも人。人って素晴らしい。

明日または今日死ぬ可能性もある中で、私達は安定を求める。恒常性と変革性の2極にゆり揺られながら

クソほどの価値もないこんなものを誰に読まれるわけでもないものを誰かに向け綴る、自分の為と言って死ぬ。

特別は特別だから特別なのだ。自分のちからではとうに及ばないところにその原理原則がある。全てを管理しようというのがそもそも困難で嫌な発想だ。

どうせ誰にも届かない、わかってるつもりならなんで書くのは、まだきっと誰かか知ることを諦めずにいたい自分自身の意志による、くだらんつまらん物語