「ときのそら」という名のルフィ

やあ。どうせこんなコンテンツに興味を持つなんて、君も同じことを考えたんだろう。きっと

2年前こんな記事が出て、IT企業の民な私はよく感銘を受けたものである。

脇道に逸れるので、本題(と言っても数行になるだろうが)がみたい人はスクロールだ。

----以下余談開始----

最近、VTuberなるものをみる見るようになった。

今年の5月から会社を休むことになり(体調不良のくだりはこのブログのどこかにある)、YouTubeへの依存時間が平均日別2~3hという完全中毒者になった私は、毎日新しいものを探していた。

そんなある日、VTuberに出会った。

いや、キズナアイ(まだ変換で出てこない←重要)とかミライアカリ、猫宮ひなた(シロは声優の性格が苦手)、ねこマスさんなどなど、メジャーどころは抑えていたのだが、それ以上に深く知ろうとは思っていなかった。

そんな中、関連する動画ないしおすすめ動画に、Weatherroid Type A Airi(別名愛理)なるものが出てき他ので見てみた。

四天王と呼ばれているようなVTuberの完成されすぎたコンテンツとは違い、1ニュースの中で雑な使い方だからこそ出来る魅力的なコンテンツに惹かれた。

占いは徹底して蟹座を最下位にするとか、VTuberに縛られず、VTuberを生かしたニュースの味を作っていたと思う。

-----余談終了-----

 

あ、で、そんな時にときのそらのことが現れたのである。関連リンクで。

で、みたらまあ、なんということでしょう。

聖母なんですよね。聖母つうか、いわゆる西洋の変態知識人たちが大好きな、若い女性の青春、という香りがムンムンというか。

若々しい肌と表情と笑顔、体は2次元でエッチに仕立て上げられているという。

アイドルマスターとかの(知らないけど)キャラデザに近いものを感じる。

で、友人Aさんの話とかが出てくるようになってきて、それをみているうちに

「あっ、この2人はワンピースの麦わら一味みたいな感じなんだな」と、冒頭の記事とつなぎ合わさって、思うようになった。

どういうことかというと、ときのそら自身は、ときのそらというキャラクターの中でしか活躍ができないのである。編集もできないし、英語も漢字も弱い。

サイコパス診断では天衣無縫みたいなことを言われるほど無邪気な女の子なのである。

こんな時代に、そのような女の子がどれほどいるだろう。そして、いたとして、我々中年(御年24才)がそのような女の子たちに出会える可能性が、日常生活の、仕事ばかり忙殺される東京っ子という制約において、どれほどあるだろうか。

そしてそのような貴重な女性を出会わせてくれるようにするまで、マーケティングに戦略に、あれこれ頑張っている友人Aちゃん。これはまるで、ルフィとその一味の関係そのものじゃないですか。

つまり、ルフィって、もちろん悪魔のみを持って、特殊な能力を持っているわけだけど、航海士のスキルもなければ、料理もできない、音楽にも長けていない、医療知識もないわけで。まるで人を動かすのがうまいけどこれと言って才はない社長みたいなもんです。

でも、その人の良さ、友達を愛したり、人を愛したりすることのできる優しさ(これが母性)これが完璧なキーファクターなのです。我々を心に留めるための。

そして、それは後天的に身につけにくいものであるからして、希少性がいつまでも減らない。

そらちゃんにはそれが備わっているのです。

そらちゃんは、国語もできないし英語もできない、やりたいことはある、そんな子なのです。とだけ表現してしまうと、いかにもグータラ野郎、みたいな聞こえ方になるけど、そうじゃないのである。彼女には、人を愛したいという圧倒的母性がある。

そして、その母性を自己表現することにより他者承認も得ることで、自身の存在価値を日々膨らませていくのである。これはまるで、ワンピースを目指すルフィそっくりではないだろうか。と林は思う。

そしてそれを応援する友人A(ワンピースでいう麦わらの一味)は、彼女がやりたいこと(オリジナルソングを作ったり、横浜アリーナでライブをすること=海賊王になること)を叶えるための、手助けを好き好んでやってくれているわけである。

一緒にゲームしている姿などを見ると、本当にAちゃんはそらちゃんが好きで、そらちゃんはAちゃんも好きだし、そらとものみんなも好きという、否定の要素がないサービスデザイン!!!!!!!

ああ、なんか勢いで書いたけど、とにかく

そらちゃんは聖母でありママである。(俺より7つも下なのに)

これから、彼女がVTuberという市場において有名になるにつれて、金銭感覚やビジネスライクな関係性を目の当たりにしていくことも多いと思う。

僕はそれが心配でならない。あの母性のように光り輝く人徳が、薄汚い大人たちのビジネスに溶け込むのが。

最近の動画を見ると昔と比べて明らかに声のトーンが生声(作り声ではない)になってきているし、昔の声の方が良かったと私は思うので、ああやっぱり、市場に価値が出るにつれて、求められるニーズが増えるにつれて、個人としての疲労は溜まっていくし、与えていかないといけない価値も広く薄くなっていくんだな。と寂しく思う。

19万人の今だからこそ言えるけど、私は10万人以下のそらちゃんが好きだ。これから大きくなっていくにつれ、失われていく価値も、新たに作られていく価値も両方あるだろう。

ただ、わかって欲しいのは、常に市場はイノベーターとアーリーアダプターの需要を完全に満たすキャズム越えによってでしか成り立たないのである。

私のようなアーリーアダプターらへんの人は、これからラガートに向かっていくそらちゃんの需要供給価値が、どのように変わっていくかはわからない。

アイドルに詳しいわけでもないので、歴史から想像することもできない。

とにかく今はこのママがだいしゅきであるということ。ワンピースのルフィのように夢を追い続ける姿勢に、働く意味を考えて答えが出ないまま社会に出て体をぶっ壊すまでやりたいように頑張った自分と照らし合わせて、無情な気持ちを感じ、期待に近い思いも抱いているわけである。

じゃないとわざわざ2500文字もこんな事欠かなかったろう。

とにかく、私のような夢を追いかけるという大事な人生の目的を見失っている(少なくとも現在は)人間は、彼女のように夢を追いかけ、それを手伝ってもらえるような人徳と友人、それを応援してくれるパトロンの関係性に、精一杯愛を伝えたい。

ママだいしゅき!!!!!!!!!!!!