生きることと働くことの混在と不明瞭に関する疑問

今日の病院での一コマ。月にせいぜい30分も喋っていないような主治医に、こんなことを言われた。

医「最近調子どうよ」

俺「うーんまあ、落ち着いた分、コントロールできてるか不安ですね」

医「いい兆候だとは思うよ。引き続き頑張ろうね」

俺「そうっすねー。いやーでもやっぱ"楽して生きたい"」

 

医「それはダメだよ」

俺「…(軽いノリで言ったのに噛み付いてきたな)」

医「やっぱり生きていく上で守っていかないといけない最低限のルールっていうものはあるよ。大人になるっていうのはそういうことだから。」

俺「はあ、大人って何ですか」(今思うとここであしらっとけばよかった)

医「難しいけど、ようは自分の発言や行動に責任を持って、何者にも依存しない状態で、自分をコントロールできるってことかな。子供っていうのは皆万能感を感じがちだね」

俺「はあ(なんかいきなり感情的になったな。しかもそれ遠回しに皮肉を込めて俺に言おうとしてるのか?)俺は子供っていう意味で言ってるんですか?」

医「うーん、まあ発展途上って感じかなー?」

俺「それは自覚してますが、とりあえず今の話はあんま腹落ちしてなかったです(あんたみたいな金持ちの親の元に生まれて金持ちエスカレーターに乗り続けて大人に言われた通りやっただけで結果が付いてくるような恵まれた環境・世界にありつけていて、一度もメンタルダウンしてないやつが、俺みたいに望んでも無い非難を受けたりメンタルダウンしたことあるやつの気持ちを汲み取れる訳が無いのに偉そうにしょうもないこと言うなやバカ)」

 

みたいな。一言で言うと、すごいウザかった。

俺のこと殆ど何もわからないくせに(すごい患者が多い中よく診てもらっています、という感謝とは別で)、自分の考え押し付けるなよ。

もちろん、今の場所を紹介してもらった感謝はとってもある。

それとこれとは別の話で、自分で”大人は自分の発言に責任を持たないといけない”とか言っときながら、目の前の人間に不快な思いをさせるって、もう少し自分の発言に責任を持つ前に、デリカシーを学べよ。ガキじゃ無いんだからさ。

新卒の営業マンかコンサルに当たってしまったような気持ちになった。

 

それでまあ思い出してみたのだ。

自分にとって大切なものは、人に何と言われようと大切なままでいなければ、と。

で、自分が大切にしていたものが、全然今やっていることと噛み合わないって言うことを。

どう言うことかといえば、自分のやりたかったことや好きなこと、楽しいことって、シンプルに人と接することなのだ。好きな人を作り、幸せだなーと思っていればそれで良い。それ以外のものは割と本当にもうどうでも良くて。

だからUserExperienceがどうこうだとか、花嫁のジャーニーはどうこうだとか、まじで興味がないのだ。多くの人間がそれを仕事だと割り切って楽しそうにやっているのをみて、やっぱり違和感を感じたりするのだ。

それを”子供だ”なんて一蹴してしまうのは、子供に夢を語られて”ウンウン。とりあえずそれを実現するために1000万円稼いでみよっか”って言ってるようなもんだ。

話が別なのだ。夢は誰しもがどんな形であれ有しているべきだし、それをお互いにいちいち蔑む必要も、あるべき姿を決めつける必要だって、一ミリも、無い。

それなのにどいつもこいつも、自分の頭で考えた範囲がどこまでかって自覚もないまま、”まあ、世の中ってそう言うもんだから”とか言って何かに盲信(猛進)し始めるのである。

まあ、それは勝手にやってもらったら良いと思う。

だってそれは正しいことなのだろうから。彼らにとっての。

そして、我々不便に生きるような前時代的人間を、蔑みたいと言うのなら、まずは自分たちの、前時代的人間から学ぶところが一ミリも本当に無いのか?というところから疑いを改めてかけてみてはどう?

僕の目には、僕ら前時代的人間が、現代的人間をよく観察せざるを得ないのを多く感じるけど、その逆は殆どないような気がする。

その結果って何だろうね。京大元総長長尾真のwikiにある、「心の時代」でも読んでみるといい。科学の発達に対して人道的教育、教養が追いついていないっていうこと。

お前ら医者が、生命倫理だの偉そうな吹聴を行なっている間に、実際の患者との距離は理論と実践の間で刻一刻と距離を広げていってしまっている。

結局、誰も分かり合えないのだから、だったらいちいち、自分が正しいと思うことだけを強く主張するだけの、強がりな人間(本人からすればその自覚もないし、客観的に見れば強い人間、なんて言い方になるのかもしれないが、自分から見ると、人間という本質を見捨て、自分のやっていることを肯定するために盲目的に現代の先端を走り続けているから、強がりなだけ。死の恐怖とか、そういうのもごまかして死ねるんだろうな)

は、自分も含めて、常に反省していかないと。

自分だっておそらく、自分の言い方で、自分より優しい前時代の誰かを傷つけてしまっているってことを、今回の件で少し大人になった僕は思う。

生きることと働くことの混在(教義の不足。特に無宗教の日本において。)と不明瞭(道徳教育の不足。考える機会の欠損)に関する疑問。

できなくたって(そんなことは本当にどうでもいい)やりたければやれよ。

やりたくないことを、出来るようにするまで頑張るなんて、誰が考えたんだろう。ぶっころそうかな

 

追記

俺が言いたいのは、こうゆうことが出来るのが、大切なんだけどね。子供らしさって、素晴らしいと思うけど。

ま、バカには分からないだろう

https://youtu.be/kc2rkQOKg68