続 等身大の自分について

毎年恒例の、ストレングスファインダーを実施

2年前の最初は

慎重さ

個別化

最上志向

自我

学習欲

1年前は

慎重さ

親密性

公平性

未来志向

共感性

今年は

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何をほんとものするかはわからないが

慎重に生きることに関してはやはり群を抜いて変わらない。共感性が学生の頃と比べると良くなって来ているのは、人の気持ちを考えるようになったから。戦略性や回復志向は今の会社によるもの(正しい選択を選び勝利することへの渇望の強さを表している)

信念が、今自分には足りていない

し、あった方が良いと

思ったりするから

上位に上がったのだと思われる

信念が無いと行動がブレる

行動がブレると説得力が損なわれる

なにより効率的に極めることの出来ない

だから選択と集中なんです

慎重に、今までの人生で一番大事にしていたものでも、今、不要と感じるものは破棄

 

考えてみればやはりコミュニケーションというものを

深く考え過ぎて来たような気がする

あまりにも一挙手一投足が気になりすぎて

これにはこの理由があるのかな?原因は何だろうな?

考えては間違え

自分の頭の中に最悪のシナリオを想定して

常に自分は不幸であると

なぜならそれが一番思慮深くて慎重な生き方だから

体験して、何だこの程度かなんて思える奴ははなから相性合わないんだ

東大生のネジの外れ具合や、京大生のキチガイさ、あるいは美大生の寛容さに救われて生きて来ました

あるいは

偏差値58の平穏な遊びに包まれながら

夢を追うことについて考える暇もなく

世の中はそんな甘くない

突き詰めて突き詰めて考えたのは人間の拠り所の無さと

しいていうならそれを何にぶつけるかの違いくらいだと気付いて

遊び人になれないのはチャラチャラしたくないから

勇気やどうこう言うけれど

合わないものは合わないと

セックスのためにいちいち譲る気にはなれないから好きなものだけ

好きなものは増やせると

ようやく気付いた

何をやっても良いことも

なんでもわかる

関わりのない上級生の振る舞いを気に入らなければ、食べ物を投げ散らかして、校内放送を無視して帰るか

万引きしたもので生計を立てるか

そういう見窄らしさは自分の中から消したい

性欲は真実か

食欲は?睡眠は?捨てられていったものが何だったか

自分の感性を大切にすることを

あまり考えなかったような

でもそれはうまく生きられないってアドバンテージを持ってる

人のため

そう言う感性を捨て、

自分のため

に、やりたいことをやる

きっとダメなものは最初からダメなんだ

そう諦めることによって好きなものが増えていくことを愚かな人間達に知らしめ

自分も人間なんだよなと言うことを

あいもかわらず器用な人間にはわかってもらえずに死ぬ

それがとても怖い

怖いって言うのは尊いことと知ってる

知ってても

やはり性欲が大事なんだと思う。性欲が

誰か1人でいいから容姿端麗で清潔な寛容な個性の強い人に必要とされたい

複数人と関係を持つのはクズだ

そのためには努力が足りない

ものを作りたいと思う

なによりもまず自分をどうしたいかを考えなければ。2,3年後のビジョンが描けていない