How can we make ourselves found myself that as if we were living soooogood

どのようにすれば我々は

どんな世の中に生まれたとして

それを咽び泣かずにいて強かに健やかに

煌びやかに滑らかに艶やかに美しく賢く生きる

 

私は目の前にあるものを気付けないことが多い

なんでだろうと思うと

子供の頃から親に頼ってばかりだったからだなあと思う

思うに、リモコンがどこにいってしまったのかとかさ

この人が私を愛してくれているとか

そういった問題を理解しなくても勘の鋭い誰かに頼っていたように思える

最近思うのは

生きるからには明るく生きるくらいしか選択はなくて

若い者にはチャンスを与えてもらえるが

勘違いしては行けないのは

チャンスは誰にとっても平等にチャンスであるとは言えないことだ

ピアノの世界大会に出るチャンスは

きっとピアノが好きで堪らないこれからも弾き続けたい人に与えられるべきだろう

そんな感じで誰かにとってのチャンスはその人のチャンスかどうかと繋がらないのだ

なので人生は平等じゃない

そのことに慣れよと思う

私も慣れようと思う

感情の斡旋に埋もれず

呆れるほど強かな人間を恐れず

本質を見抜くつまりはただあるべき姿を感じるだけなのだ

私は気持ち悪い話

持つと感動する石というのがある

あれはなんでだろうと考えたのだが

たぶん側じゃないところで判断すると

その物質の密度とか結晶体の調和している姿がきっと私にとっては適切なんだろうと思う

 

 

なんか、そんな感じで

我々には機会と、最適解を持つ

許されるのはその答えを求めるくらい

だから、今を生きるのが難しい人とか

概ねやってらんないような気持ちに滅入っている人というのは

とりあえずこうべを垂れるのをやめ(そのチャンスも不平等だぞ

前を向き

嫌でも良いから汗水垂らして

好かれなくても良いから正しいことをやり

間違っていることを減らすのだ

気づけば君の前にはきっと

適切に集まる人モノ金だろう

適切さは人によることをわすれちゃいけない

1億円の豪邸と絶世の美女を毎日抱けるようになりその癖小説家だみたいな生業だってありえるかもしれないわけだ

いや、私がそうなりたいのかがわからないけど

まあそれぞれ個々人の能力に依存してる

忘れないこと。

論理に従えば楽になる、生きて生きやすくなる

これ自体が野性的なのだ

動物的に強い人間を思考で均衡保とうとする

ような。

強い人間はライオン同様甘えちゃうから

寝ている間に襲いかかる小さな生き物が強いのだ

強い生き物がさらに強くなるには。生物学でも学ぶと良い

たぶんやっぱり大小問わずどんな人間であれみすぼらしかろうが絶世の美女だろうが頑張ることに変わりはなさそう

頑張らずにいるから悪事に至る