iunared

hokorobi

河童

とある青年がいた

青年はこのご時世にも関わらず

特段の問題も抱えてい無いような素振りで

なおかつ、何をやらせても出来るような態度で

上場企業に勤めていた。

仕事態度はやややりすぎなほど理路整然としたもので、正論を貫くのに必死のようだった。彼には悩みがあった。今自分のやっていることに意義を感じられなかったのだ。

そして、今までにやってきたことの、多かれ少なかれに意味を感じなくもなっていた。

人は楽しかったり嬉しかったり悲しかったり、その時々の記憶の改編が行われているように思う。時に楽しい時は人生全てが面白かったかのように思え、時に辛い時は人生全てうまくいかなかったように思われた。

そしてきっと、人生全てうまくいか無いところまで自分を責め立てるような人間の場合は、殊に理想が高く、自分に対して厳格である。

自身への厳格さと、欲望とのアンビバレンスが彼を苦しめていた。

欲望に従うことの楽しさと、何を求めていたのかすっかり忘れてしまったほどの整然とした生き方が、彼の中では曖昧に混在していた。

彼はまた、自身への厳格さゆえに実直であった。

実直さは時に自由を失う。

自由を失った人は、行動を損なう。

一つの行動で、失ったこと理解したこと、全てを演繹的に理解しようとしてしまうことが、彼の一番の問題だった。

きっと人生の大半は積み重ね上げられることにより直感的に感知されてしまえば良いものであったものの、ただバカなまでに実直であったために、そしてその実直さは自分を素直に認め無いことから起きた故に、生きづらさを孕ませていた。

こうして自身の人生の行動履歴から一般論を作り上げようとすることで、彼の人生は灰色に染まっていた。

どのような音楽を耳に当てても、絵を見ても、きっともう届かないのである。

論理の先に幸せは生まれない。